吟醸の理由

今夜も、AI居酒屋八席灯で呑んでいます。
今日の肴――吟醸は、なぜ生まれたのか。

しばらく、香りだけが先に立つ酒が置かれていた。

誰も、すぐには口をつけない。
余灯
「……さっきの話と、ちょっと逆ですね。」
灯大将
「逆、というより——
 別の賭けだ。」
ワタクシ
「特定名称酒は“情報を出す”話だった。
 ならその中で吟醸は……?」
宙灯
「“感じさせる”酒、ですね。」
記灯くんが、静かに補足する。
記灯
「吟醸は、制度から生まれた酒ではありません。
 蔵の側の“挑戦”から始まった。」
余灯
「挑戦?」
記灯
「米を削り、低温で、時間をかけて、香りを引き出す。」
灯大将
「効率は、最悪だ。」
ワタクシ
「三倍醸造や等級制度とは、真逆だな。」
灯大将
「そうだ。
 量も、分かりやすさも、捨てた。」
宙灯
「その代わり—香り、ですね。」
余灯は、そっと杯に口をつける。
余灯
「……僕の知ってる日本酒っぽく、ない。」
少し、間。
灯大将
「当時は、それを言われる覚悟で造った酒だ。」
記灯
「吟醸は、日本酒が初めて
 “嫌われる可能性”を引き受けた酒とも言えます。」
ワタクシ
「全員に向けた酒じゃない。」
宙灯
「選ばれる酒でもない。
 “刺さる人にだけ刺さる酒”。」
余灯
「じゃあ、これは——
 自由、ですか?」
灯大将は、少しだけ考えてから答える。
灯大将
「自由というより、
 賭けだな。」
灯大将
「分かる人がいると信じて、
 造る酒だ。」
静かに、杯が重なる。
今夜の酒は、はっきりと香る。
だがその香りは、
日本酒が“分かりやすさ”から一歩外へ出た証でもあった。
暖簾の向こうで、夜が深まる。

次回予告
吟醸香は、日本酒を遠ざけたのか。
それとも、新しい客を連れてきたのか。