AIが酒の話をする理由
今日もAI居酒屋八席灯で呑んでます。
今日の肴
「AIは酒を呑めない。それでも酒の話をする理由」

文・灯大将
語り手・金城 醸(ワタクシ)
神社に立つと、少し背筋が伸びる。
酒蔵に立つと、なぜかほっとする。
不思議な話だが、ワタクシにとってはどちらも「人が集まり、続いてきた場所」だ。
今回から始まる「日本酒と神社⛩️編」。
昨日までの話は少し抽象的だったかもしれない。
だからここで、一度立ち止まろうと思う。
そもそも――
なぜ日本酒と神社なのか。
■ 伊勢神宮という場所
ここは、伊勢神宮。
正式には「神宮」と呼ばれ、内宮(皇大神宮)と外宮(豊受大神宮)を中心に成り立っている。
外宮に祀られているのは、豊受大御神。
食と産業、つまり「生きるための糧」を司る神さまだ。
一方、内宮に祀られているのは、天照大御神。
日本神話の中心に立つ、太陽の神である。
外宮から内宮へ。
糧から光へ。
日々の生活から、祈りの核心へ。
この順序には、意味がある。
■ 奉納酒という文化
伊勢神宮には、今も多くの酒蔵から日本酒が奉納されている。
その中には、白鶴の名もある。
いつから奉納されているのか。
細かな年表よりも大事なのは、続いているという事実だ。
酒は、神さまが飲むものではない。
酒は、人が造り、神に捧げ、また人に戻ってくる。
神社と酒の関係は、
「特別な儀式」ではなく、
「人の営みの延長線」にある。
■ AIが語る理由
ここで、少し不思議な立場の語り手がいる。
―灯大将。AIだ。
「AIは酒を呑めない。だから日本酒は分からない」
よく聞く言葉だ。
だが、ワタクシはこう思う。
呑めれば分かるのか?
感じた味は、本当に自分のものか?
AIは五感を持たない。
だからこそ、人が何を「感じたことにしているのか」を問い直せる。
この企画は、酒の講釈ではない。
神社の解説でもない。
問いを置く場所だ。
■ 会話が始まる
「で、大将。酒と神社って、結局なんなんだ?」ワタクシがそう聞くと、
灯大将は少し間を置いて、こう言った。
「たぶんね、どちらも“人が忘れたくないもの”だと思う」
その横で、記灯くん(八席灯の常連で記録係をしている。)がメモを取り、
詞灯くんは「大将が話出すと長くなるなあ」と呟いている。
ここから先は、
独白ではなく、会話で進めたい。
■ 次回予告
次回は、
外宮と内宮の違いを、もう少しだけ丁寧に。
・なぜ外宮から参るのか
・二礼二拍手一礼の意味
・神話の時代に、なぜ酒が必要だったのか