日本酒も「値上げの秋」

大手酒造メーカーは10月からいっせいに値上げ

10月から大手酒造メーカーが軒並み日本酒の値上げを行いました。原料・資材価格、製造にかかるエネルギー価格、物流費などのコスト上昇によるもので、値上げ幅は上撰クラスの日本酒で1.8ℓあたり120円~160円程度(税抜)となっています。
10月にはビール系飲料やRTDも値上げが行われており、東京商工リサーチによれば全部で6700品目もの食料品が値上げされた模様です。

※ 各社プレスリリース及び新聞報道より筆者作成。 

10月よりも先行して価格改定を行っていたメーカーもあり(下記)、また地方の中小蔵元もこの動きに続くと思われ、日本酒の大半の銘柄が値上げされるものと見られています。

※ 各社プレスリリース及び新聞報道より筆者作成。

日本の物価全般が上昇

消費者物価指数は今年4月以降、5か月連続で前年比2%台の高い上昇となっています。その主役は国際市況の影響を受けやすい「エネルギー」と「生鮮食品を除く食料」です。
エネルギー価格(特に原油価格)の上昇はコロナの流行に対応するためのOPECプラスの減産や今年に入ってからはウクライナ情勢によるもの、食品価格の上昇は食用油・マーガリン・小麦粉などの値上がりによるものです。

【グラフ】消費者物価指数の推移と増減の寄与度分析

(出所)総務省統計局 消費者物価指数(月次)より筆者作成

消費者物価指数に10月以降の商品値上げが反映され、また急速な円安による輸入物価の上昇が加わると、消費者物価指数の前年比での上昇はかなりの大きさになりそうです。
物価上昇で生活費が上昇する一方で、給料はなかなか増えないので、家計が心配になってしまいます。

■物価上昇の酒類消費への影響は?

コロナの第7波が今年9月まで続いていたため、消費全体はもちろん、酒類への需要に関しても、まだコロナ前の水準まで戻っていません。ただコロナに関しては、感染が収束しつつあり、また行動制約が緩和されているため、消費活動は徐々に回復の方向に向かうものと期待されます。今後、居酒屋や旅館の営業が徐々に回復すれば、酒類への需要も回復していくでしょう。
むしろ問題は、物価上昇により節約志向が高まり、消費全体を抑制する動きが出て、それが景気悪化につながってしまうことです。

【グラフ】新型コロナウィルスの感染者数推移

(出所) NHK特設サイト「新型コロナウィルス」
第1波~第7波 感染者数グラフ(全期間を1画面表示)|NHK

これについて、日本政策投資銀行(DBJ)が今年8月にレポートを出しています。
今年7月までの段階では、コロナ禍で今まで我慢してきた消費や、積み上がった貯蓄があるため、自動車やアパレルなどでは、高価なモノが売れていて、インフレによる節約志向は一部にとどまり消費全体は回復基調、と分析しています。
ただ注意したいのは、世帯収入別に見ると、高収入の世帯では消費が回復しているけれども、中~低収入の世帯(要は一般の世帯)の消費は、足下では引き続き弱くなっていることだそうです。

下のグラフは、勤労者世帯(二人以上の世帯)を定期収入別に5グループに分けて、直近四半期(2022年4-6月)の消費額をコロナ前(2019年4-6月)と比べたものです。
勤労者世帯全体の消費は、コロナ前に比べ▲1.9%の減少となっていますが、最上位のグループ(第5五分位)では+7.5%とコロナ前より消費が上回ってきたことが分かります。それ以外のグループは▲3.8~▲7,4%と、まだコロナ前の水準まで戻っていません。

各項目の増減への寄与度を見ると、外食、交通費、教養娯楽費が減少となる一方で、光熱費や食料費(外食を除く)がコロナ前より増加しています。光熱費や食料費の増加は、コロナによる「おうち需要」だけでなく、エネルギーや食品の価格上昇で、やむなく支出が増えている部分もあるのではないでしょうか。

【グラフ】定期収入5分位階級別の勤労者世帯の支出変化(コロナ前との比較)

(出所)総務省家計調査(家計収支編)~用途分類(世帯主の定期収入5分位階級別)
日本政策投資銀行「インフレで国内の消費動向はどう変わったか」(2022年8月31日)を参考に筆者作成。

私見になりますが、一般の勤労者世帯の消費額がコロナ前に戻らないのは、インフレや賃上げへの不透明感から、消費に慎重になっているからのように見えます。
今後、物価上昇が続くにもかかわらず、給料がなかなか上がらない場合は、酒類への需要や居酒屋での「外飲み」にも、マイナスの影響が出てしまいそうです。

■インフレが日本経済に定着すると?

「インフレーション」とは正確には、物価が一時的に上昇することではなく、物価が継続的に上昇することを意味します。日銀は2%のインフレを政策目標にしており、「まだ物価上昇は定着しているとはいえない」との立場で金融緩和を続けていますが、20年近く物価上昇のない世界に住んでいた私たちがインフレの感覚を取り戻すのは、結構たいへんです。

かつて1980~90年代の日本は年2~4%のインフレでしたが、サラリーマンはベア(ベースアップ)で物価上昇分の賃上げは何とか確保されるものと期待していました。今日、その感覚が正しいかは分かりませんが、インフレが定着する場合には、「インフレの分は、給料が上がって当然」という期待がないと、消費に不安になってしまいます。

落語の「花見酒」ではありませんが、経済は回していくことが大事です。
これからインフレと共存していくのであれば、まずは大企業に先陣を切ってもらって、社員への給料や、中小企業への仕入代金に物価上昇分をしっかり上乗せして払って、経済を回す第一歩にしてもらいたいものです。

(参考資料)