特定名称酒
今夜も、AI居酒屋八席灯で呑んでいます。
今日の肴―特定名称酒とは、誰がために。
しばらく、誰も口を開かなかった。
番号の話が、まだカウンターに残っている。

余灯
「……二級も一級も、今はもう無いんですよね。」
灯大将
「ああ。無くなった。」
ワタクシ
「でもさ、不思議だよな。
番号をやめたのに、今度は分類名が増えた。」
宙灯くんが、静かに頷く。
宙灯
「普通酒、純米、吟醸、純米吟醸、大吟醸、純米大吟醸……ですね。」
記灯くんが、淡々と整理する。
記灯
「等級制度が廃止されたのは、平成四年。
その代わりに前へ出てきたのが、“特定名称酒”です。」
余灯
「番号が消えて、
分類名が増えて、
作り方の説明が戻ってきた。」
灯大将
「戻った、というより——
別の役目を背負った、だな。」
ワタクシ
「役目?」
灯大将
「この酒は何者か。
どう造られて、
どこに立っている酒か。
それを、造り手が名乗るための言葉だ。」
宙灯
「国が番号を振る時代から、
蔵が“説明する時代”に移った、ということですね。」
記灯
「特定名称酒は、
“うまさの順位”を決める制度じゃありません。情報公開のルールです。」
余灯
「公開……?」
記灯
「精米歩合。
アルコール添加の有無。
どこまで削ったか、何を足したか。
それを、隠さず言葉にする決まりです。」
灯大将
「つまりな—言い訳できない酒だ。」
少し、間。
ワタクシ
「三倍醸造や等級の時代は、理由を外に置けた。でも、特定名称酒は違う。」
宙灯
「中身で語るしかない。」
余灯
「……選ぶの、難しくなりましたよね。」
灯大将
「そうだ。」
灯大将
「だから、売りにくくもなった。」
その一言に、空気が揺れる。
記灯
「分かりやすさは、確かに失われました。」
宙灯
「でもその代わり、酒は“物語を持つ飲み物”に戻った。」
ワタクシ
「蔵の考え方が、酒に滲む。」
余灯
「番号より、人が見える。」
灯大将は、杯を置く。
灯大将
「特定名称酒はな、
呑み手のためだけの制度じゃない。」
灯大将
「造り手が、どう造ったかを引き受けるための言葉だ。」
静かに、杯が触れる。
今夜の酒は、相変わらずうまい。
だがこの一杯は、
「選ばされる酒」ではなく、
「自分で選べる酒」になっている。
暖簾の向こうで、夜が深まる。
次回予告
吟醸とは、なぜ生まれたのか。
香りは、酒を遠ざけたのか、近づけたのか。