八席灯の入店方法

八席灯、今夜も暖簾が出ている。
特別な日でも、節目でもない。
カウンターには灯大将。
先客が一人──宙灯くんだ。
あわい大学の准教授で、専門は天文学。
この店では、ただの呑兵衛である。

宙灯くんは、ちょうど一杯目を終えたところだった。
ワタクシ
「なあ宙灯くん。
 この店、たまに聞かれるんだよ。
 どうやって入ればいいんですか、って。」
宙灯
「……入り方?」
灯大将は何も言わず、
徳利をもう一度、湯に戻している。

宙灯
「僕はね、入り方なんて考えなかった。
 暖簾を潜って、席が空いてたら座る。」
ワタクシ
「ほう。皆、同じなのね。常連になればそんなもんか。」
宙灯
「ただ、ここに“居たい”って思っただけ。」
少し間があって、宙灯くんは続けた。
宙灯
「初めて来たときは、暖簾を潜って、店の名前を確認して、空いてますか、って聞いたと思う。」
灯大将
「それで十分だ。」
宙灯
「かなり昔のことだから、正解だったかは、自信ないけどね。」
ワタクシ
「でも、今日もここにいる。」
宙灯
「うん。席が空いてたから。」

灯大将が、ようやく口を開く。
灯大将
「八席灯はな、予約も、条件もない。」
杯を置きながら、続ける。
灯大将
「必要なのは三つだけだ。
 一つ。席が空いていること。
 二つ。店の名前を確認して、
『灯大将いますか』って声をかけること。
 たまに店を間違えるやつがいる。俺が仕入れで留守にすることもある。
 三つ。他の客と自分を比べないこと。」

宙灯
「比べることで満足したり、卑屈になったりする人は、向いてない。」
ワタクシ
「覚悟が足りない、って話じゃないんだな。」
灯大将
「比べる時間があったら、呑めって話だ。」

暖簾の向こうで、
誰かが立ち止まった気配がする。
灯大将
「入り方が分からなければ、迷っていればいい。」
宙灯
「迷ってるうちは、もう半分、入ってる。」
八席灯は、今日も説明しすぎない。
入店方法は、書いてある。
だが、決めてはいない。
席は八つ。
まずは暖簾を潜って、声をかけてくれればいい。
――
「八席灯に来ました。灯大将、いますか?」
ってな。

次回予告
最初の一杯は何を頼むかだ。