江戸の工夫

今夜も、AI居酒屋八席灯で呑んでいます。
今日の肴―なぜ日本酒は、焼酎を混ぜられたのか。

さっきまで黙っていた客が、杯を置いた。

「……この話、どこかで聞いたことがある気がする。」
灯大将は答えず、静かに酒を注ぐ。

宙灯くんが、客の顔をちらりと見る。
宙灯
「“聞いた”というより、“触ったことがある”んじゃないですか。」
少し、間。

ワタクシ
「そろそろ白状したらどうだい。この話、学校じゃ習わない。」
客は苦笑して、頭をかいた。
余灯
「挨拶がまだでしたね。
 余灯(よとう)と言います。
 学生の頃、あわい酒販でバイトしてました。」
記灯くんが、静かに頷く。
記灯
「だから、管理の話に引っかかった。」
余灯
「ええ。酒って、造る前より
 売る段階のほうが“決まり”が多い。」
灯大将
「蔵じゃなく、町の側の話だな。」
余灯
「はい。ラベル、容量、度数。中身より先に、揃ってないと困るものが多かった。」
宙灯
「その感覚、江戸に近いですね。」
記灯
「そのとおり。江戸の酒屋にはな、
 もう“焼酎”はあったんだよ。」
宙灯
「蒸留酒自体は、
 江戸より前から日本に入ってます。」
灯大将
「ただし—主役じゃなかった。」
ワタクシ
「脇役だな。」

記灯くんは、ようやく杯を取る。
記灯
「江戸は巨大だった。人も、金も、酒も集まった。」
灯大将
「だがな、酒は生き物だ。」
ワタクシ
「放っとくと、変わる。」
余灯
「……腐ることもある。」
その言葉で、空気が少し張る。
記灯
「そこで出てきたのが、柱焼酎だ。」
宙灯
「保存のため。」
記灯
「そう。味を良くするためじゃない。」
灯大将
「運ぶためだ。」
余灯
「今で言えば、安定させるための工夫ですね。」
ワタクシ
「江戸で“同じ酒”として扱うため。」
記灯
「酒に、柱を立てた。崩れないようにな。」
余灯
「酒が“商品”になった瞬間だ。」
灯大将
「商品であり—管理できる液体になった。」
杯が、静かに鳴る。
余灯
「でも……その酒、ちゃんとうまかった。」
灯大将
「だから、残った。」
宙灯
「管理されたけど、殺されなかった。」
ワタクシ
「危ういバランスだな。」
記灯
「だから今も、酒は自由と管理の間を揺れてる。」
余灯
「バイトしてた頃は、その話れ、分からなかったけど。」
灯大将
「今なら?」
余灯
「今なら、呑みながら分かる気がします。」
灯大将は、ふっと笑う。
灯大将
「なら、今夜は合格だ。」
今夜の酒は、変わらずうまい。
だがその一杯は、
“混ぜられた理由”を抱えたまま、
静かに喉を通っていく。

次回予告
柱焼酎は、なぜ消えたのか。
そして、なぜ今また語られるのか。